動的平衡生命論

180627【知恵の学校】第15回 動的平衡ライブ

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【概要】

本日の講義は、知恵の学校の新しい受講者のために、この学校の目的と効果の説明からはじまった。次に、近著の内容紹介が続き、フェルメールとの出会いやこれまでの経緯が示された。後半では、なぜフェルメールはあのような正確な描写にこだわったのかという疑問を解くために、17世紀に起こった世界観の大転換にまで話が及んだ。

【主なトピック】

知的な探求の鍵は「時間軸」

「書籍とインターネットの違い」について。デジタルフォーマットの電子書籍やインターネットのサイト記事による情報収集が隆盛を極め、今後もその傾向が強まる風潮が見られる。そして、伝統的な紙媒体の書籍離れが進んでいる。しかし、このような環境は、ヒトの知的な能力を向上させることには繋がらないようである。

無秩序で断片的な情報を収集するだけでは、知的創造の糧とはならない。ものごとをよりよく理解するために、福岡教授は「時間軸」概念の導入を勧める。書籍は情報がパッケージされ秩序をもっている点で「時間軸に沿ったメディア」である。書籍の背表紙に「厚み」は、そこに時間の厚みがあることを象徴している。本を読む意味はここにある。

書評を書くことの効能

知恵の学校の目標のひとつは「書評を書けるようになる」ことである。読書のプロになるには、書評を書くことが最も効果的なトレーニングと言える。限られたスペースの中で、読者に紹介する書籍を読みたいと思わせること。しかし、過度なネタバレはできない。概略を示しながら、書評者自身の「読み」を示すことで、その本の扱うテーマの意味やおもしろさを伝える文章が書評となる。つまり、読者としてしっかり読み込まなければ、書評は書けないのである。

近著の紹介『ツチハンミョウのギャンブル』

雑誌連載をまとめたもの。ツチハンミョウを通して、絵本作家の舘野氏との交流ができたようである。表紙は舘野氏の書き下ろし。

フェルメールの真贋を判別する方法について

フェルメールの作品数については諸説がある。福岡説では37点、今秋フェルメール展を開催する上野の森美術館のキュレーターによれば35点となっている。この2点の作品の真贋を科学的に証明する方法がある。それは、高精度スキャナーで絵画の表面をスキャンして、微細な凹凸をデジタル化することで、指紋を検出するというものである。真筆という評価がある作品と真贋が未確定の作品のデータを比較することで、真贋論争に終止符を打てる可能性がある。ただし、作品を貸してもらえなければ、この方法は使えない。

フェルメールの歴史的意義

歴史を画期する発見は「時代の附託」によって起こると考えた方が自然である。時代の要請によって発見者の中に立ち現れるのである。よって、異なる場所で同時多発的に起こることが多い。

では、フェルメールが生きた17世紀の時代の附託とは何か。それは、キリスト教的世界観から、動的な世界観への転換であった。前者は、神の摂理のもとに世界が「造られている」とする「設計的」な価値観であり、後者は世界を動きのある現象と考える「発生的」なものと言える。フェルメール(1632-1675)と同じ17世紀に生きたガリレオ(1564-1642)、ニュートン(1642-1727)、ライプニッツ(1646-1716)らは、世界が動的であることに気がついたため、「一瞬を止めたい」と考えたのではないだろうか。

そこで、ガリレオは科学的方法で天体を観察し、ニュートンとライプニッツは微積分学を体系化し、フェルメールはキャンバスの上に光を固定しようとしたのであろう。世界を精密に見るためには、時間を止める必要があったのだ。

要素還元主義の限界と今後向かうべき方向

しかしながら、時間が止められた世界は人工的なものであって、実際とは異なる点が問題となる。例えば、科学的実験の方法は、パラパラマンガのように一瞬を切り取ってつなげることに似ている。しかし、ゼノンのパラドクスで問題になるように、時間は連続的に流れるものであって、「ある瞬間」という点の集合ではない。要素還元主義的・解析的な世界の見方では、現実を捉えられないのである。生物学でいえば、生命を構成する要素の理解は進んだが、生命そのものについてはまだ何もわかっていないのだ。

もちろん、そのような見方は重要であって、世界を理解するための解像度を高めてきた。しかし、いまや、80年前に朝永慎一郎博士がその日記で記していたように「一度この作りものを通って、それからまた自然にもどる」段階に来ている。

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